こんにちは、べんすけです!
キューバと聞くと、皆さんは「おしゃれなクラシックカーが走るレトロな国」というイメージを持たれるかもしれません。もちろんそれも間違いではないのですが、実際に行ってみると、もっとこう……「生々しい現実」がそこにはありました。
私が実際に歩いて、見て、肌で感じてきたキューバの本当の姿について、少しお話しさせてください。
1. あの車は、実は「執念」で動いているんです
街を走る1950年代のアメ車。これ、日本のように「趣味で旧車に乗っています」なんていう優雅なものではないんですよね。
アメリカの経済封鎖の影響で、新しい車なんてまず入ってきません。だから、壊れたら自分たちで直し、部品がなければ工夫して作る。 そうやって何十年も必死に使い続けている「生活の必需品」なんです。
道も日本のように綺麗ではありません。がれきが転がっていたり、穴だらけでガタガタだったりするのが当たり前です。そのガタガタ道を、古い車が真っ黒な排気ガスを出しながら必死に走っている……その姿を見たとき、「これがこの国のリアルなんだな」と、日本にいては絶対に味わえない感覚になりました。
僕たちは妻の友人の彼氏の車の荷台に乗せてもらってホテルに送ってもらったんです。
第2次大戦時代の車だそうです。サスペンションのクッション性は皆無で道がガタガタだったんで、まるで遊園地のアトラクションにでも乗っている気分でした。強烈なバウンドの連続だったのを覚えてます。
2. 「袋いっぱいの菓子」が魔法に見えた日
その妻の友人の家を訪ねる際、お土産がてら、現地の売店でジュースやお菓子を袋いっぱい買って持っていきました。私たちにしてみれば、ちょっとしたお土産のつもりだったのですが……。
でも、配給制で暮らす彼らにとっては、それが「あり得ないほどの贅沢」に見えたようです。
その友人と妻が積もり積もった話をするってことで、暇になった僕をその息子さんと二人で街に出て散歩でもしておいでって話になったんです。僕はスペイン語が片言もはなせず、言葉は通じず怖かったけど、その息子と一緒だったのでまあ大丈夫かなと。
そしたら、彼が私の手をグイグイ引っ張って、ある場所へ連れて行こうとするんです。着いた先は小さなペットショップのようなお店で、彼は鳥かごを指差して、「これを買って」という目で訴えてきました。
「このおじちゃんなら、何でも買ってくれる魔法使いだ!」と思われてしまったのかもしれません。 結局、勝手に買って帰ると親御さんに叱られるので断りましたが、あの時の少年の悲しそうな顔は今でも忘れられません。
陽気な笑顔の裏には、こうした切実な貧しさが常に隣り合わせにあるんです。
分かれる時に僕が頭に巻いていた、バンダナをその子にあげたんですけど、すごく嬉しそうでした。
「こんなことでこんなに喜んでくれるんだ」ってこっちが感動したくらいです。
3. だからこそ、彼らは「亡命」を選ぶのだと思います
話は変わって、野球選手が命がけで亡命するニュースをよく耳にしますが、この現実を知ると、見え方が変わってきます。どれだけ才能があって頑張っても、給与のほとんどは国に管理され、自分の手元にはわずかしか残りません。
あの少年のように、自分の家族に「お菓子をいっぱい食べさせてあげたい」と願ったら……。やはり外の世界を目指したくなるのは、人間として自然なことなのかもしれません。陽気で家族が大好きな彼らだからこそ選ばざるを得ない、苦渋の選択なのだと感じました。
まとめ:キューバ旅行で「本当に経験できること」
正直なところ、道は悪いですし、物はないですし、不便なことばかりです。
でも、日本のように「他人の目」を気にして縮こまって生きるより、ガタガタの道を陽気に笑って歩く彼らを見ていると、「自分は日本で、何にそんなに縛られていたんだろう?」と、心がフッと軽くなる瞬間がありました。
私がキューバで「お茶目な自分」を解放できたのも、この不便だけれど人間くさい空気感があったからこそだと思います。ただの観光地ではない、「人間としての感覚」を叩き起こされる場所。 それがキューバという国の本当の魅力なんだろうなぁっていう気がします。
だから僕は家族をキューバに連れて行きたいなって思ってるんですよね。


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