こんにちは、べんすけです。
あなたは、オマール・リナレスというキューバ野球の至宝と言われている選手を知っていますか?
ずいぶん昔の選手なので、すでに現役ではありませんが。
かつて中日ドラゴンズに在籍した、キューバ野球の至宝オマール・リナレス。 2002年に彼が来日した際、実は成績の面では苦戦を強いられていました。言葉の壁、文化の違い、キューバ野球人としてのプライドそして「打って当たり前」という巨大なプレッシャー。
世界的な大スターといえど、一人の人間です。 地球の裏側にある日本で、彼は僕たちが想像する以上に、心細くて寂しい思いをしていたのかもしれません。
孤独な心に届いた、母国の言葉
そんな時、当時まだ僕と出会う前の妻が、彼にスペイン語でファンレターを出しました。 そこには、「私は以前、キューバに住んでいました」という言葉を添えて。
すると、驚いたことにリナレス本人から彼女に電話がかかってきたのです。 妻の話では、彼は電話の向こうで「日本に来て心細い、寂しい」といった胸の内を漏らしていたといいます。
キューバでは「神」として完璧であることを求められた男が、見知らぬ日本のファンに、一人の人間として弱音を吐いた。 それは、自分の母国の空気を知っている人、自分の言葉を解してくれる人に、どうしても救いを求めたかったからではないでしょうか。
国の壁を越える、人のつながり
正直に言うと、当時の僕はキューバに対して「野球は強いけど、社会主義でなんだか怖そう」という冷ややかなイメージしか持っていませんでした。
でも、この話を聞いてハッとさせられたんです。 政治や体制がどうあれ、目の前にいるのは血の通った一人の人間。孤独に震え、故郷を想って涙することもある。 「国同士の関係と、個人のつながりは別なんだ」と、教えられた気がしました。
べんすけの願い
リナレスが、日本の片隅で妻に漏らした寂しさ。 それを受け止めた妻の優しさ。 そんな「個人のつながり」の積み重ねこそが、本当の親善なのかもしれません。
今、僕が家族4人でキューバに行こうとしているのも、単なる観光だけではありません。リナレスが愛し、時に恋しがったあの国の「人の温かさ」に、触れて欲しいからっていうのがあります。
リナレス、あの時は日本に来てくれてありがとう。 君が妻にくれた電話は、時を越えて、今僕がキューバを目指す大きな原動力になっているよ。


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